ふるつき

記事と内容がないです

すべてがFになる(というか森博嗣がわからないという話)

この記事は kosen14s読書会8日目の記事です。

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1週したので2週目です。


すべてがFになるといえば森博嗣のデビュー作です。最近、「デボラ、眠っているのか?」を読んで森博嗣をまた読み返しています(本棚に「笑わない数学者」がなくて焦ってる)。

森博嗣、面白いですよね? ちょっとひねくれた考え方とか、事実に対してまっすぐなところとか、頭が良いところとか、共感が持てるというか、憧れます。こんな言動の人物になれたなら、私の人生は二重丸と言えそうです。

森博嗣、わからないですよね? とっても親切に、動機もトリックも解説してくれるのですが、心理描写もしてくれたり、あからさまに匂わせてくれたりするのですが、なんとなく、「わかった気にさせられてる」気がしませんか? 作中の何気ないあの一言が、あの一文が、わたしには読み切れていないのではないかと不安になります。もちろん、森博嗣の作品に限らず、どんな文章でもそれはそうなんだろうと思います。ただのクッションなのかもしれない絵kレド、実はなにかを伝えている一言、一コマなのではないかと疑ってかかればキリがないでしょう。でも、森博嗣の作品って、「すべてわかるようにつくられている」ような気さえしてきませんか? 私はします。するので、せっかく道筋までつけてくれているので、じゃあ提供されたものは全部読み尽くしたい、わかり尽くしたいと思ってしまいます。いつか、森博嗣の作品はすべてわかるって言える日がくるんでしょうか。

うーんなんかやっつけみたいになってしまいましたが、とにかく、私が「森博嗣は面白いけれど、その作品について私はわかりきれていないのではないか」と思っていることが解っていただければ、そして、森博嗣を読んで、もしかして共感してもらえれば(あるいは、すべてわかったという方はそれでも。そのときにはお知らせください!)、嬉しいかな、と思います。